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Mega Death 1999
私の、カウンター・ガジェット(LED)は人間の生命の輝きを象徴している。
そのカウンター・ガジェットは9〜1をカントダウンして、"0"は表示せず、暗闇になり、また、 9へ戻ってそれを繰り返す。数字が変化し輝いている様は人間の「生」を象徴し、"0"の暗闇は 「死」を象徴している。

仏教哲学において、人間の生命は「生」と「死」を繰り返すと説かれている。
つまり、「死」は終 わりではなく、「次の生」を準備する睡眠のようなものであると言うのである。しかも、その「生」 から「死」、「死」から「次の生」へのリズム(Life Time)は個々人の生命にもともと備わって いて、個別性があり、一人として同じリズムはないとも言われている。

あらゆる人間は、このような「生と死」の荘厳なドラマを何億年ものあいだ営み続けてきた。
地球 上のいたるところで、このような「生と死」が生まれては消え、消えては生まれてきた。それは満天に輝く星の煌きを見るように美しい。一人一人の「生」が違うように、「死」もまた ひとつと して同じではない。それゆえ、一人一人の「生」も「死」も輝き、お互いの「生」と「死」に響き 合いながら、まるで壮大な宇宙の交響曲を奏でるかのようである。 私は、これが「通常の生死」(Natural Life Time)の美しさであると考える。

しかし、その荘厳な「通常の生死」の営みは時として破壊され分断させられた。
魔性に犯された人為による仕業である。

元カーター大統領の特別補佐官であるブレジンスキー試算によれば、20世紀で戦争や革命、紛争 などにより、人為的に奪われた人命の数は一億六千七百万人に上ると言う。この数は1997年時の イタリアとフランス、イギリスの人口を合計した数に匹敵する恐るべき数字である。 このように、ある意味で、今世紀は、「人為的大量死」(Artificial Mega Death)がもたらされた 時代だったといえよう。

人為によって無理やり奪われた生命の「死」には個別性がない。その「生死」はすべて同じ質の「死」 になってしまう。なぜなら、個別性のある「通常の生死」が破壊・分断されるということは、個々 の生命がもともと持っていた「生」から「死」へ、そして「次の生」へと流れる悠久なリズムが狂うことを意味している。「次の生」へのリズムを持った豊潤な「死」ではなく、悠久なリズムが断ち切られ中吊りにされた「死」へと堕してしまう。その「死」には、もはや「生」と響き合う何の 煌きもなどなく、個別性は剥奪される。「人為的大量死」の闇は、すべて同じ質の「死」で埋め尽 くされ、中吊りの恐怖だけが横たわっている。

今回の作品では、荘厳な宇宙の交響曲である「通常の生死」の美しさと、それが、突如破壊された 際の恐怖を対比させて見せることにより、「人為的大量死」(Artificial Mega Death)の意味を人々 に考えてもらおうとする試みである。

 
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